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【サラリーマン必読】貴乃花親方のクーデター失敗から考える組織改革に必要な3要素

大相撲の貴乃花親方が日本相撲協会に退職の届け出を提出した。

2017年に発生した、元横綱日馬富士関による暴行事件が発端であることは明らかだ。
事件以降、貴乃花親方は日本相撲協会のあり方、年配理事への不満、被害者である弟子やその家族への思いから、内閣府への告発状や理事選での振る舞いといった一連の騒動を引き起こすこととなった。
国技としての相撲への将来の危機感もあったのであろう。

 

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今日は、一連の騒動から見えた、どの組織にも当てはまる、組織改革に必要な要素について考えてみます。

 

目次

 

日本相撲協会執行部は悪だったのか

今回の退職の届け出により,メディアは貴乃花親方への「包囲網」や「追放を図る」といった表現で、日本相撲協会執行部が意図的に、貴乃花親方が辞めざるを得ない状況を(きわめて違法に近い形で)作りだしたと言わんばかりの報道をしている。

 

確かに、外野からみればそう見えるし、騒動が泥沼化して以降は明らかな対立姿勢が見える場面もあった。

 

しかし、貴乃花親方が提唱した改革に対して、腰が重く見えた日本相撲協会執行部はいわゆる「悪」だったのだろうか?
公益法人である日本相撲協会が、その役割を現代社会において果たすために改革が必要、急務といえるほどだったのだろうか?

 

私は相撲の素人だが、元横綱日馬富士関による暴行事件の後も、またそれ以前の何度もあった相撲協会の不祥事の際も、相撲ファンが離れていってしまうことは無かったように思う。

 

改革が起きようが起きまいが、不祥事が有ろうが無かろうが、
相撲ファンは、強い力士がいれば、相撲を愛し、ファンで有り続けていた(いる)。

 

貴乃花親方は正義の士であった

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とはいえ、貴乃花親方は正しい旗を掲げていたのは事実である。

  • 暴行事件は起こさないようにしましょう
  • もし起きれば、きちんと警察を通しましょう、
  • 隠ぺい体質は改善しましょう
  • 実行力のある再発防止策を行いましょう
  • 八百長はいけません
  • 横綱には品格が必要です

至極まっとうである。

貴乃花親方は正義の士であったことは間違いない。
では、なぜクーデターは失敗したのか?


実は、貴乃花親方は改革、改善を提唱し、実現するために必要な基本的な3の要素を欠いていたのである。
これは通常の企業や団体でも同じことが言える大事な要素だ。

 

貴乃花親方が欠いていた3つの要素


ミッションの共有

ミッションは「使命、目的、役割、存在意義」などと訳される言葉だ。

企業経営においては、その企業が果たすべき「任務や使命」といえる。

会社がその経営を通じて、何を目指し成し遂げたいかをあらわしたもので、このミッション・使命があるからこそ、企業としての存在意義があるといえるだろう。

会社にとって最優先するべき、基礎となる考え方であり、全社員が深く理解すべきものということだ。


ミッションは、ある団体が、社会や顧客に対して何をするべきか?何がもとめられているのか?すなわち「使命、目的、役割、存在意義」というものである。


相撲協会はその運営通して何を目指し成し遂げたいのか?

これは組織として最優先するべき基礎であり、全組織員が深く理解すべきものだ。

おそらく、歴史的に、大部分の親方は「ファンを楽しませ、興業をもりあげる」ことを最重要なミッションと認識、共有していたのであろう。


一方で、時代に合わせて、より公益性に重点をおいたミッションが必要だと貴乃花親方は興業の成功だけではだめだと考えていたのだろう。
例えば「国民に希望を与え、国技としての品格を維持する」とか。

 

これ自体は素晴らしい。

しかし、貴乃花親方の誤りは、旧来の体質を維持した親方衆にも、共有できる明確で新しいミッションを掲げて、その理解を得るプロセスを十分に踏まなかったことだ。
ミッションのずれを修正する前に、突っ走ったのだ。

 

ビジョンへの共感

ビジョンは組織が目指す将来の理想の姿を表現するものとされる。
ビジョンはミッションに基づいて考えられる。
組織は、ミッションで定められた存在意義にしがたって活動するが、その際の方向性、「こうなっていたい」というイメージだ。


ミッションが抽象的である一方で、ビジョンはより具体的である。


優良な企業ではリーダーが具体的なビジョンを語り、従業員は、そこに共感することで、やりがいを感じ、内発的な動機づけを行っている。


ビジョンは、ミッションで設定した目的を達成するための手段なのである。
貴乃花親方は、ミッションを共有した上で、さらに具体的なビジョンを語り親方衆の共感を得る必要があった。
例えば「透明性と公平性の高い、オープンで受け入れられやすい体質をもった組織である」とか。

 

タスクの提示と合意

改革には、あらたなミッション、ビジョンをもとに具体的な行動や必要なタスクとしてのアクションを策定する必要があるが、この段階では、組織内でミッション、ビジョンが共有、共感されていなければ機能しない


ミッション、ビジョンを示さずに、こうするべきだ、ああするべきだ、これはよくないといっているのは、ただの文句・愚痴であり、タスクの提示ではない。


貴乃花親方が具体的にとるべき行動、改善点を提案したとしても、周囲の親方衆は、何故そうしないといけないのか?が理解できない。

ミッションとビジョンが共有、共感されていないからである。


「ファンはよろこんでいるじゃないか?興業はもうかっているよ。なぜやり方を変える必要があるのか?」となる。
「ファンを喜ばせるために、弟子を厳しく稽古しているよ、八百長だってそのための必要悪だ」となる。


「こうする方が、正しいからです」だけでは、現状うまくいっている(と思っている)人たちは決して動かない。

 

まとめ:正義を振りかざすだけの改革は、決して成功しない

貴乃花親方は正義だったことは間違いない。
悪いことをしようと提案したわけでは無い。
ただ、周囲にその提案は受け入れられなかった。


既存の組織には、既存のミッション、ビジョンがありそれに基づいたタスクをこなして機能しているからだ。
新たな価値観に基づくタスクを提案するのであれば、まずミッション、ビジョンを摺合わせなければ、決して受け入れられない。


正義を振りかざすだけの改革は、決して成功しない

これは一般企業でも同じだ。
「経費処理の効率を上げるために新システムを導入する」というタスクの提案には、
「生産性の高い組織でありたい」というビジョンに共感が得られていないと受入れられないし、前提として、「財務的な健全な経営により株主の利益に資する」というミッションを共有していないといけないのだ。

「経費処理の効率を上げるために新システムを導入しましょう。なぜならそれが正義だからです」では誰も受け入れないでしょう。

では